ゴミ捨てのこと

怒れないと体の内側が熱をもつ。

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ゴミ捨てをよくする。何故かよくする立場になる。生きていれば日々ゴミを生み出さずにはいられず、どうやったって気づいたらゴミがたまっている。仕方ないので集めて、ふくろをしばり、ゴミ捨て場まで持っていく。なんてことはない一連の動作だが、なぜいつもわたしがやるのだろう、とふと思う。誰がやったっていい仕事だ。みんな気づいているはずなのに、ゴミは見えていない、みたいな顔をしている。いや、あるじゃん。そこにあるじゃん。あきらかに、目の前に、はっきりと。

数日前にゴミ箱からはみ出て、酒瓶がおいてあることには気づいていた。そういえば誰かが酒盛りしたって言ってたな、ゴミ箱に捨てろよな、とゴミ箱にビンをいれようとしたらすでにゴミ箱がいっぱいだった。おいおい、ビニール袋くらい替えろよな。ひとりだったこともあって口から悪態はいくらでもこぼれてきた。ゴミ箱からビニールを外そうとする。はずれない。はずれないくらいにビンはいっぱいで、強引に外すと、ビンとビンがぶつかる音がした。ビンの重みで下のビンが割れ、ビニールが破片でやぶれた。誰かが飲み残していた酒がそこから床にこぼれ、ああ……となんともなさけない声がでた。

そのとき誰もいなかったなら粛々と片付けるだけで済んだのだろうけれど、同僚が入ってきた。どうしたの。声をかけられて、ビンがね、と答えた。怪訝そうに同僚がわたしの手元のゴミ袋を見る。いや、ビンがね、いっぱいだったのに、誰も替えてなくて、お酒こぼれちゃってて。わたしは笑顔をはりつけてそう答えた。笑う必要はないのに、笑顔を浮かべてしまうのは癖みたいなものだ。えーひどいねえ。同僚は精一杯共感してくれた。わたしが怒りたいのを我慢しているのが同僚には伝わっただろう。気遣っていろいろと他の片付けを手伝ってくれたりした。それでも、そのひとだけだ、いつも手伝ってくれるのは。わたしがゴミ捨てをやめたらそのひとが代わりにやることになるのだ。いつだってそうだ。それがわかっているから、わたしはゴミ捨てをやめることはできないのだった。

破れたところからビンの破片がこぼれたら大変だ。新しい袋を重ね、ずっしりと重たいをそれを抱えて外に出た。むなしいな。そう思ってしまった。なんてことはないゴミ捨てなのだけど、満員電車に揺られてなんとか出勤した月曜日の朝にこれか、と思うとしんどい気持ちになった。手は袋についた液体でべったりと濡れ、戻った部屋はぬるくなったアルコールのにおいがした。

ゴミ捨てをやってほしいことはずっと言ってきた。今日に限らない。燃えるゴミ、燃えないゴミ、ビン、缶、ダンボール。生きているだけでゴミは出る。わたしだけのゴミじゃない。みんなが出したゴミだ。いつもやってくれ、なんて言っていない。忙しいことはわかっているから、ほんの少しでいいから手伝ってほしい、そう言ってきた。それでも叶わなかったなあ、と思う。

今日も一応、呼びかけはした。儀式みたいなものだ。宴会のあと、たくさん缶やビンのゴミが出たときはゴミ捨て場まで持っていってください。持っていけないときはせめてビンの中を洗ってから捨ててください。それだけで随分ちがうので。ご協力をお願いします。お願いします。お願いします。

むなしくなった。

一度ゴミ捨てをやめてみたことがある。結果どうなったか。

「おれやりたくないんだよね、ゴミ捨て。テンション下がるでしょ」

という言葉にわたしはやっぱり曖昧に笑うしかできなかった。数度やっただけでそれか、と思った。わたしは何十回とやってきた。誰もやらないから。わたしがやらなければ、たったひとり味方になってくれているひとがかぶることになるから。繰り返すけれど、ゴミは出る。どうやったって出る。だったら誰かがやるしかないじゃないか。

「じゃあさ、ゴミ箱なくしたら？」

ゴミは出るのに？　絶対に出るのに？

その提案はぜんぜん解決策ではない。ひとりひとりが少しずつ引き受けるだけで違うのに、自分は引き受ける気はない、という宣言にわたしには思えた。わたしはやっぱり曖昧に笑っていた。怒ることはできない、なぜなら悪気はないから。

いやになった。いやになったので、職場を出て帰って来てしまった。といっても、そのまま完全にさぼったってよかったのにトラブルはあとからあとから起こり連絡はくる。パソコンを見なければいいのに、きたそばからそれを処理してしまう。たいしたことはない、みんな働いている、一生懸命稼いでいる、そんなことを思いながら処理していく。わたしのゴミ捨ててほしい、というお願いも、なんてことはない問題のひとつとして流れていく（ただし解決はされない）。

でもたしかに今日、顔に笑みを貼り付けながら、体の中でのみ怒っているとき、ぐるぐると熱はまわっていた。怒れない、というのはそういうことだ。熱がどこにもいくことができず、こめかみのあたりがひりひりと痛む。そういうことだ。

ゴミ捨てに関する怒りでこんなふうになるなんてばかみたいだけど、たまたまゴミ捨てだっただけで、手伝ってほしい、というお願いをながされ続けるというのは、こういうことだと思う。どうか手伝ってほしい。１回だけでいいから。順番に、少しずつ手伝ってほしい。それだけで随分楽になる。だけどそれは聞き届けられない。

そういう悲しみや、小さな怒りをわかってもらえないんだなあ、と思うとき、おおげさだけど、そういう小さなことで、なにもかもがいやになってしまう、そういう瞬間はあるんだと思う。