ゆううつを飼いならす

刃物で肉体を傷つけるようになったのは中学生のときで、そのころからそれが「メンヘラ」と揶揄される、といっても当時はそういう言葉はなかったような気がするけど、とにかくそういう行為なのは知っていたので、人にバレたらへらへらとして、ファッションだよみたいな顔をしていた。その行為をすると不思議と落ち着くのだった。よくある話だ。臆病なので、深く切ることもなく、なんとなくうっすらとした傷を繰り返し同じ場所につける行為をやり続けていた。

病院に連れていかれたのは高校3年生のときだったかと思う。学校にも通えなくなっていたし、夜は眠れなくなっていた。それこそ親との関係もうまくいかなくなっていたから、自分の身体につけた傷について見せながら泣き叫ぶようなことが家のなかで起こっていた時期だった。そうなった「理由」はいくらでも挙げられる。たとえば親との関係とか、学校でブスだのゴリラだのと小学校中ごろから中学校が終わるまでからかわれ続けひどく傷ついていたとか、いくらでもいくらでも挙げられる、でもどれも定かではないし、なんというか、どれももう遠い記憶だ。

病院では睡眠薬と、いくつかの抗うつ剤のようなものを出された。でも別に効いている気もしなかったし、用法容量を守って飲んでるわけではなく、ためておいて、量を増やして飲む、といったときもあったと思う。死にたいわけじゃなかった。自分を傷つけている自覚もなかった。無理なダイエットをしていたのもその頃で体重が40キロ切ることに命をかけていた。痩せたらもうブスって言われないと思ったのだろうけれど、ずいぶんたってから、ほんと自分に対して雑だったよなあ、と思った。

全日制の高校を辞め、アルバイトをはじめてからすっかり薬はいらなくなった。でもずっとこころの中には憂鬱が住み続けていて、専門学校に通っているときも、就職してからも、その憂鬱をなだめすかしながらやってきた。今思うと周りの友人たちにも大変迷惑をかけたと思う。時々どうしようもなくなって泣き続けることがあったので。

もう一度憂鬱がはっきりと大きくなってきたのは30歳過ぎたくらいだと思う。そのころは週3会社勤め、週4は陶芸教室のアシスタントとして働いている時期で、ある時あまりの忙しさに、ひとりではもうできない、手伝ってほしい、と周りに助けを求めたけれど、適切な助けを得られず、ぷつんと切れてしまったのだ。わたしの状態が、たぶん、尋常ではなかったので、すごくよくしてくれていた先輩が家のすぐ近くの心療内科を予約してくれたのだった。

そのときの病院にいまもときどき通っている。たいした話はしない。雨が降るとつらいです、とか、最近はげんきです、とかそれくらいの。それでも先生は薬をくれる。ひどいときは継続的に飲むし、らくになってきたらつらいときだけ飲むようにしている。

そんなかんじで憂鬱と付き合い始めてもう20年選手といっても差し支えないはずなのに、一度もうつ病だとは言われたことがない。というか病名を聞いたことがないし、医師も教えてくれない。だから自分のなかにある憂鬱が病気なのか、なんなのかわからない。

季節や、天気や、忙しさ、あとはホルモンバランス。そういうものによって気分がひどく揺れ動くので、なるべくコントロールしやすい環境を探してきたつもりだ。気分によって働けるときと働けないときの差が激しいので、あまり集団で動いたり、規律の厳しかったりする場所では働けないし、人の多いところも基本的に苦手だから満員電車も乗れない。東京は街の音もすごく大きい。でもそれは耳栓すればいいのかも、とは思っている。

だいぶうまく付き合っていたつもりだったんだけどなあ、昨日慣れない場所に出ていってがんばったら反動で今日の憂鬱の大きさがすごくて、ものすごく振り回された。いつまでわたしはこの憂鬱と付き合い続けなければならないのだろう。

終わりにしたい、と思う瞬間がときどきくる。わたしがもっと周りを気にしないタイプの人間だったらとっくに終わらせていると思う。でも終わらせるのは大変だし、周りへの負荷が高すぎる。

でも本当に、ときどき、ときどきですよ、もういいかなあ、って思う瞬間がある。周りが悪いとかじゃないんですよ。誰も悪くない。いままであったことが悪かったわけでもない。でもつかれたなあ、って思って、もういいかなあ、って。そんなことは思います。

もう少しはがんばろうと思うけれど、もしだめでもあんま怒らないでほしいなあとは思う。がんばったねって褒めてほしい。褒めてほしいな。