flat

雑多な日記

ここが一番書きやすい

いろいろ試してみたものの、結局この場所が一番書きやすい。ただflatという名前は変えようかなと思っている。「ひねもす」、「flat」ときて、次はなにになるだろう。

COVID-19感染拡大に伴っての自粛生活も、だいたい2ヶ月が過ぎて、何かが起こったときほど周りとのズレもでてくるのだなと感じている。facebookでわたしが見ているフィードは強く生き残っていけるひとびとの声にあふれ、その中でも大変なこと、苦しいことはあるのだろうけれど、弱い存在へ気づいている気配もないように勝手に感じて苦しくなっている。勝手な感想だ。

わたしはいまもどこにも所属できず、雇用はされてはいるものの、どこか他人事のようになってしまう。当事者でありたい、とは思っている、けど、馴染めない(自分はなんの当事者であるのかを地獄の窯の蓋をあけながら、勇気を出して考えていかないといけないんだろうな)。

未来がいろんなひとの視点で語られ、流れていく。けれど、社会からこぼれ落ちていくひとたち、そういった存在が語られているのを見たことがなく、見えないだけなのか、ないことにされているのか、想定されていないのか、などとつらつら考えてしまう。漂白された未来はとてもきれいでチリ一つない。その未来のなかで一体わたしはどこにいるんだろう。当事者として、どういう形でそこにいるのか、イメージができない。

*

朝起きてごはんをたべたあと、本を読んだり、授業を見たり。LGBTをテーマにした特別講義で、語り手として出てきた人がみんな男性にちかしいひとだったので、もう少し女性にちかしいひとがいてもよかったのにな、と思ったりした。

2020/05/01 - 2020/05/05

2020/05/01 

朝起きて、30分程度の運動。

いままでやっていたルーティンにだんだんなれてきたのでここから少しずつ負荷をあげていく。最終的に連続して1時間くらい運動できるようになればいいのかな。ダイエットも兼ねているので、少し多めのほうがいいだろう。

仕事の文章の直しなどをじくじくやったり、動かしたり。仕事で書く文章の仕上がりがつまらなくて、いまこうして書いている文章もけして読み物としておもしろいわけではないのだが、それにしたってどうよ、というかんじ。このつまらなさはなんなんだろうな。意見の全く入っていない、情報を右から左に流すだけのものは読んだときになにも動くものがないからなのかなあ。かといってエンタメなわけでもないから、バランス、バランスなんだよなあとぼやぼやする。もう少しだけ自分の意見や、考えていることをさしこむ勇気があれば、と思う。

夜はキーマカレー

2020/05/02

テーマもネタもなく、なにかしらを書きたい欲求だけがある。感触としては延々とふきんをたたみ続けたい、みたいなかんじ。これはもうなにかしらをインプットしないと書けないのだなと、本をぼちぼち注文する。

こういうときにどこかへ行くとか(コロナのことがあるのでそれはできないのだが)、なにかを見るとか、にならないあたり、自分の性質を感じる。家で過ごす事が増えて、自分の性質みたいなものを否が応でも感じているわけだけど、コロナがなんとかなったら意識的に外に出るようにはしたい。じゃないとわたしはどんどん閉じていってしまう。

一ヶ月ぶりに友人たちとzoomお茶会。画面を通すだけでいままでと違う感触がする。

最近、もうどうしようもなく個人はわかり合えないのだなと感じてしまう。前からあった諦めがさらに大きくなってしまった。以前は対話の重要性なども考えたものだけれど、いまは対話は対話をするための場を丁寧に作れる状態でなければむつかしい、と思う。そういうのもよくないのだろうか。

ひとつの行為として、政府や議員に向けて意見を伝えること、それだけがかろうじて誰かとの連帯になるもののように感じている。意見は少しずつ違うだろう。求めるものも違うだろう。だけれど声は絶えずあげつづけなければ。

2020/05/03

動物のお医者さん」を読んですごす。

夜から友人たちとハングアウトで飲み会。おしゃべりして楽しかった。

それにしてもすっかり、なんだろうな、たとえば文学や詩や、萌えや、漫画など、やわらかいものの話をわたしはできなくなってしまった。前はもっと話したいことがあったのに。いまできるのはすこしばかりの仕事と、経済の話くらい。漫画や映画、そういったものにふれていないわけじゃないのにな。何も感じられなくなっている。

2020/05/04

千葉雅也氏の「勉強の哲学 来たるべきバカのために《増補版》」を読む。「勉強」とはどういう行為であるのか、普段使っている言葉とは異なるものを感じたとしてもいったん学ぶにはどうしたらいいのか、自分の堪え性のなさなどを省みつつ楽しく受け取った。

大学でぼちぼち勉強してるけれど、やっぱり学問がどういうことなのかがわからない。とりあえず講義を聞いて、理解に努めてはいるけれど、問いをたてるとはむつかしいなあ、と思う。

自分のなかがすっからかんで、これから先がどうなるかも想像できず、何をするべきかも検討できない状況が続いているので、またすこしずつ本を読む。読むことで、何かしら動くものがあればいいと思う。

2020/05/05

赤ちゃんと僕」をひたすら読む。やっと少し意識が外に向いてきて、1月中旬からこれまでをざっくりでもいいから書き留めておこう、と思い立つ。

2020/03/08 - (中断)2020/04/30 終わりはまだ見えない

2020/03/08(Sun)

サバ缶カレー。夜「囀る鳥は羽ばたかない」をみにいく。

2020/03/09(Mon) 

わたしは普通に生きていたいだけだなあと思う。 ピンクと和解したいし(赤とは和解できそう)、結婚しなくても子どもを産まなくてもかわいそうじゃなくて、仕事もバリキャリじゃなくても、何者にならなくてもハッピーに生きていけると証明したい。わたしの選択と誰かの選択は独立して存在しているし、誰かを祝福しながらわたしもハッピーに暮らしたい。10年前はオフィスカジュアルなるものはいわゆる女性の格好しかなかったけど、最近はボーイッシュなオフィスカジュアルの可能性もあるなと思い始めるなど。やっぱり「許される」空気があるかないか、で全然違う。いまカジュアルがゆるされる職場にいるので余計にそういう選択肢がでてきた。トレンドとしてオーバーサイズぎみなのもあるんだけど…ショップのひとに体のラインを拾わないのでと言われ、そういうのを良いとする価値観になってるとこもあるんだなと思ったりもする。

2020/03/10(Tue) 

雨。午前中は在宅。古着で買ったキュロットが大変かわいい。 ベルギーのドラマで検視官が手話で話していた。

2020/03/11(Wed)

晴れ。春の陽気。1日在宅。昼休みに夕飯の買い出しに行った。座り続けていると疲れてしまうので体を意識的に動かすようにする。 紙をひろげてなにかを書くことをしないといけないような気持ちになっている。(ここを境に4/30まで日記をかけなかった)

2020/04/30(Thu)

1ヶ月以上、私的な文章や短歌や、そういったもろもろが書けなくなっていた。在宅でのしごと、毎朝の運動や、朝昼夕の食事、毎日のこまごまとしたことに慣れてきたのかな。仕事で書いているちょっとした文章がちっとも読みものとしておもしろくできなくて、少しばかりしょんぼりしている。同時に使う言葉が異なることにも少しずつ気づき始めた。多少なりとも感情の乗ったものと、そうでないものを融合させたいような気持ちでいる。

2020/03/01 - 2020/03/07

2020/03/01(Sun) 切り分け

自分が何かを見たときに持ち帰りたいと思うのが「思考」だから、つい他者にもそれを押し付けがちだと思った。別に何を持ち帰ったっていいんだ。

2020/03/02(Mon) ハックされてる

とあるハッシュタグがトレンドから消えたのを「ツイッター社がやった」と言ってしまうのは認識としておそらく間違っていて、「ツイッタの仕組みを熟知している、どこかしらが雇ったであろうひとたちがトレンドを不適切報告をしたことで消えてしまった」というところだろうと思っている。「使い方をいかにハックして情報を操作するか」。気づいてなかっただけで、今までもそうだったのかな。

ツイッターが使い方をハックされてしまうのとは別の話題として、ツイッタージャパンが自社のツールを「ユーザーが勝手に使っているだけ」みたいな顔をするのはちがうと思っている。サービスであり、ツールであるのだから、ユーザーにどういう影響を与えているのか、どういう現象を生み出す手助けをしているのか、は考えていってもらわないと困る。

ただ、インターネット関連企業はそのあたりの議論や法整備をちゃんと進めずにきたのではと思っており、「ユーザーのやったことですから」みたいなのが基本の立て付けになってしまっている気もする。

インターネットは現実のアンダーグラウンド、っていう考え方がもうかなり古いのだと思う。体感とはズレがあるけれど、もう自分のほうが信用ならないのだと思う。

2020/03/03(Tue) 適当な論文

SNSについてどういう研究がなされているのかを調べはじめた。けっこう適当な印象の文章も「論文」って書いてあったりするので「これは信じていいのか」というところからのスタート。

2020/03/04(Wed) 金色だった青銅

こないだ青銅器はもともとは金色だよ、酸化しているから青緑なんだよと言われ、そういえば釉薬も青を出すために銅をいれるな、それは酸化焼成のときだな、と思い、めちゃくちゃはっとした。つながって発見するときのうれしさ。

2020/03/05(Thu) 流れにのらない

昨日、1日メガネで過ごしたら疲れてしまった。今日はおとなしくコンタクトレンズにした。

自分の行動で気づいたことメモ。

ツイッターでは流行りの話題について「つい」発言してしまっている。
他者との共通項について話している、という部分もある
マストドンではもう少し個人的なことを話している。
共通項について話すのは悪いことではないけれど、動機は意識したい。
ツイッターは機能として「共振」する仕組みになっているので、無意識的に流されていくのはやめにして、意識的に発言したい。

2020/03/06(Fri) フェミニズムって言えばいい

ハーバードビジネスレビューの4月の特集名が「女性の力」で、内容としてはがっつりフェミニズムを含むものだったのに、共有するときに「俺には関係ない話」と思われたくなくて、「男女平等を目指すための特集」とか言い換えてしまった。

インタビューの「女性自身も変わらなければ真の男女平等は実現しない」というタイトルが、日本の考え方っぽいと思った。別に男性だけに変われと言え、という話ではなく、社会の構造を変えよう、という話になぜならないのだろう。意識改革だけじゃもうむつかしいよ。

2020/03/07(Sat) Sleep, Sleep, Sleep

曇天。朝、蒸しパンを作り、「新聞記者」をAmazonでレンタルして、それから寝られるだけ寝ていた。ひさしぶりに起きていられなかった。

2020/02/22 - 2020/02/29

2020/02/22(Sat) ちゃんぽんメンズ

同居人がちゃんぽんを食べに行くというのでわたしもついていった。いつもはハーフサイズだが、今日はフルサイズ。途中でお酢をいれる楽しみは大人になってから覚えた。

帰りにショッピングモールへ寄って春物を見る。この冬に勇気を出してメンズを買ってみたところ、さらに勇気が出て、メンズでカットソーなど購入。うれしい。

2020/02/23(Sun) 楽しい暮らし

丁寧な暮らしに憧れはあれど、とんとできていない。だいたいは雑な暮らしをしている、けれど、実際にやりたいのはたのしい暮らしであって、たのしくて雑な暮らしでも悪くない、と思う。

最近、自分は情報分野が好きだと気づいた。大学も専攻を変えようと思っている。人文をやることに憧れをもっていたけれど、実際にやってみるとぜんっぜん向いていなかった。同居人には「向いていない、というか、たぶん信じられていないんじゃないかな」と言われ、そうか、信じていないとできないのか、と思ったりもした。疑いながら進むのはむつかしい(できれば疑いながら進みたい)。

2020/02/24(Mon) 誕生日

体調悪くて一日ぐだぐだ。きれいなケーキを買ってきてもらった。無事にひとつ歳を取る。

2020/02/25(Tue) おかしくったってなんだい

気にしなければいいのに、身近なひとに「おかしい」って言われるとやっぱりダメージをうける。そんなことないよお、ってへらへら返すのも疲れてしまうので、いっそ「そうね、おかしいね」ってけろっとしていられたらいい。

集団に馴染めない自覚は昔からあって、小中学校のときにいじめられることも多かったので、努力して自分を矯正する、みたいなこともやっていたのだが、やっぱり無理がきた。ちょっと様子がおかしくなるようなことがあってから、あんまりがんばって自分自身の在り方を矯正せずともいい場所を見つけて働いたり過ごしてきた経緯があり。生きやすさを実感してしまったので、生きやすい状態を知ってしまった以上、それ以前に戻りづらい。

2020/02/26(Wed) ことばがオーバーフロー

頭の具合がよくない。ことばがあとからあとからあふれてくる。

2020/02/27(Thu) はなれてみてよ

リモートワークをしている。いままでも時々はリモートワークしていたが、いまみたいな頻度ではなかった。スイッチの切替がうまくいっていない気もするのだけれど、終日リモートワークをしていると昼休みの時間に買い出しなどに行ける。

2020/02/28(Fri) 取っ手なし

取っ手のついていないうつわでミルクティーを飲むたのしみを覚える。手の中につつんでしばらくぼっとしているような時間が必要。

2020/02/29(Sat) 震災という境界

図書館に本を返しに行き、スーパーに寄ったら物が少なくて震災後をまた思い出し、お昼ごはんをどうするか考えるのが面倒になって(お財布にもほとんどお金が入ってなかったし)30%引きのミルクティーと胡椒と歯磨き粉だけ買って帰ってきた。

午後はかばんのサブポケットが壊れていたのをやっと直した。

2020/02/16 - 02/21

2020/02/16(Sun) 白鯨

 ぼっとしていたのか、友人の家へ行くのに乗る電車を間違えていつもの倍以上、時間がかかってしまった。着ていた服も「この色を着るつもりじゃなかったのになあ」と昼過ぎに気づいた。

 とにかく逃げ回ってきたこの数年。ツイッターも用途別にアカウントを持っていたので、せめてひとつにするところから、と整理をはじめた。そうだ、名前ももう「ひらた」でなくてもいいんだった、と隠れた場所でずっと使っていた「spacewhale」という記号に変えた。

 ネットワークの中を泳ぐ鯨になりたいけれど、きっといつまでも塵のようなものだろう。エイハブ船長が追いかけていた「白鯨」のことを思う。わたしが知っているのはアニメのほう。きらきらと宇宙に舞う白いかけらがきれいで好きだった。

2020/02/17(Mon) 誰のための名札

 いまいるジャンルでBL作品棲み分けのためのタグについての言及がどこからかあり、TLが少しざわめいていた。

 18禁のポルノ作品をゾーニングして切り分けるのとはわけがちがっていて、同性かどうかで棲み分けを求めるなら、男女もきちんと新たに名乗った上で棲み分けてほしい。公平に負担しあってはじめてゾーニングといえるのであって、どちらかだけなのは差別で、そして社会の中でのマイノリティはいつだって名乗ることを強要されてきた。「わたしは〇〇です」と名乗る必要に迫られるのはいつだって、マイノリティのほう。

 ただの棲み分け問題だ、といいながら、同性愛なのだから隠れるように、あるいはわかるように示せ、みたいなのは実際に当事者として生きる人間を深く傷つける。傷つけない表現はない、というけど、マジョリティ側がそれをいえるんだろうか。もちろんマイノリティ側の過剰な自主規制の場合だってあるんだけれど……。

 この手の話題はいつだって苦しくて、『セクシュアリティを「わかるよう」に示すことを他者が求める』、それがどういう暴力であるのか、はやく認識されてほしい。開示しなくてもいい、あるいは開示しなくてもすでに周囲に認識されている、というのは一種の安心だ。本来なら、名札はただ自分のためだけにあればいい。

2020/02/18(Tue) 分かれ道はとうに過ぎて

 いよいよ人生分かれてきた。

 というのも、いままではただ「選択が異なる」だけだったのが、選択を繰り返した「結果」が人生に馴染んで、人格がどんどん出来上がっていくのにあわせて「わからない」ことが増えてきた。

 結婚、出産、そういうライフイベントについて、わたしはひたすら求めないほうを選んで、ただ目の前にある仕事や好きなことだけをやってきてしまった結果、自分とは異なる選択をしてきた目の前の相手が吐露した問題に、何が問題なのかわからない瞬間がでてきてしまった。「わからなくても良くて」と言えていたのはちょこっとだけでもわかっていた、いや、わかるような気分だったからなのかな。

 理解できないものを、わかる、という形ではなく、ただそこにあるものとして、過剰に上げるでも下げるでもなく尊重できるのか。存在を無視するでもなく、あえて触れるでもなく、存在しあうにはどうしたらいいのか。

 わたしができるのは、そのひとが弱音をはけたときにそうだねって聞くことくらいなのかな(たぶんそうなんだろう)。悩んでも仕方ないのだけど、こんなにもわからなくなっていくんだ、という衝撃がちょっとあって戸惑ってしまった。

 マストドンの良いところはある程度のボリュームをもたせられるってところ。ボタンを押す前にぼちぼち書いて考えていると思考のループから抜けていく。思考は道具の影響をうけるんだなあ。

2020/02/19(Wed) 息が短い

 長い物語をとんと読めなくなってしまった。短くてすぐ終わって、そして自分の想像の範囲のものばかり読んでしまっている気がする。昨日も書いたけど思いのほか「わかる」という基準に寄って生活している。「わからない」けれど「読み切る」体力がなくなっていて、さてどうしたものか。

2020/02/20(Thu) 磨かれた川
ぼくには七つの 七十の名前があったが 今はただ一つ 近くで眺めても遠くで眺めても 価値あるただの一つ。 色彩の名も 歌の名ももたず、 素裸でたくましい 磨かれた川。 トーの葉が太陽を遮っている。 カルロスという名前を除いて 何にでもなれる。
「ぼくの名前を忘れてしまった」カルロス・ペジィセル『世界現代詩文庫⑦ ラテンアメリカ詩集』編・訳 田村さと子

 Netflixの「ネクスト・イン・ファッション」を見続けてしまう。キム・ミンジュの作る服も本人もすっごくすてきで、いつまでも自信を持てないという彼女がただひたすらに情熱を注いで洋服を作っていく、その姿に勇気をもらう。

2020/02/21(Fri) 知ること

 明け方に目がさめて、マストドンに存在しているらしいGabどっとこむについて知る。ひとしきり調べて、オープンソースSNSである以上、望まれない使われ方もありえるのだなと思う。救いは創設者が明確に反対の声明を出していることだ(そういうところがマストドンに思想を感じて、やっぱり好きだ)。

 そして、存在をちゃんと知っていたらこちらからは近づかないという選択もできる。知っていることはやっぱり大事だと思う。