生活🐌の記録

いるようでいない、いないようでいる

ここはひねもす

20190223

広島文フリのために東京駅から新幹線に乗る。今回はホテルと新幹線がセットになっているツアーでの旅だったので、駅弁を買うとお茶がもらえるクーポンなどを使って愉快なはじまり。

車内で販売されているアイスクリームが販売終了するということを聞いていたこともあり、必ず食べようと思っていた。アイスにバナナチップスっておいしくない? と姉さんがバナナチップスをくれて、yenさんが砕いてのせてくれた。いつもこんなかんじ。思えばすっかり末っ子ポジションにおさまっている。生まれてこのかたずっと末っ子だな、と思う。

広島市現代美術館で松江泰治氏の「地名事典」を見る。技術は自分の作りたいものをどうしたら表現できるか、という選択のためにあって、目的ではない。人の気配のしない、地表の写真たち。すごく好きだなと思っていたら、姉さんに「ゆうちゃんぽかったよね」と言われる。「人に興味がないかんじ」。そうだな、と思う。でもわたしはあんな風に写真を撮れない。やっぱり作家として立つひとはつよい。

調子にのってパフェを食べたら夕飯が入る胃袋じゃなくなった。白玉を食べたい欲望に打ち勝てなかった。けど翌朝まで何も食べないのも微妙で、駅でスーパーを見つけて刺身などを買ってホテルに帰った。コチのお造りがめっぽうおいしかった。

20190224

第一回文学フリマ。穏やかな一日。今日から麻子さんが合流。

去年、共有結晶4号を出したとき、4号引っ提げて全国ツアーしたい!などと叫んでいたらまたひとつゆめが叶ってしまった。お隣のスペースの方がとてもすてきなひとだった。はじめてイベントに出るんです、とにこにこしながら話してくれた。

イベントのあと、一度ホテルに戻って荷物を置いてから原爆ドームまで散歩。夜は牡蠣を食べ、夜中までおしゃべりしてしまった。

20190225

ホテルの朝食にその土地のものがたくさん出てくるのでつい食べ過ぎる。受験シーズンなので、ちらほら受験生と思わしき親子たち。わたしはこういう経験はしなかったな、と思う。選ばなかった遠いこととして、いくつかの過ぎた選択肢について考えた。

よく晴れた道をゆるゆると歩いて原爆資料館へ行く。そこからはみなぶらりと一人で展示を見続ける。こういうときひとりひとり、一緒なのに別々にみられること。そのありがたさを思う。地下の展示を見て、奥の図書資料室でこうの史代さんの漫画を読む。

石内都さんが被ばく遺品をテーマに写真を撮っていたことを知らなかった。mother's以外の作品を直接見たことがないけれど、石内さんと被ばく遺品というテーマ、もともと持っているものと、引き寄せられるようにして存在するテーマ、その重なりが不思議とぴったりだなと思った。またどこかで展覧会もきっとやるだろうから、そのときは見に行きたいと思う。

20190226

朝起きた瞬間から具合が悪かった。でも休めない日だったので出勤したところ、どんどん具合が悪くなる。めまいと吐き気。ホルモンの関係だと思っていたらそうじゃなかったらしい。早退して横になったらどんどん熱が出た。

夜、同居人がスープを作ってくれたが、ふた口でギブアップ。どんなに風邪をひいても食欲がなくなるなんてことなかったのにめずらしい。食べられないのはかなしい。

うとうとしては目覚め、トイレに行き、水分を摂る、ということを繰り返していたら朝になっていた。

20190227

午前中は病院へ行き、インフルではないと言われる。

もともと通っていた病院は知らぬ間に閉院していたので、ふらふらと別の病院へ行った。ここもまたつぶれてしまいそうに古い病院だった。

午後から仕事へ行った。何をしていたのかあまり覚えていない。

20190228

会社の行事が入っており、運営と片付けをしていたら終わったのが23時過ぎていた。

人が多い場所にいつまでも慣れない。精一杯の笑顔と下手な外向きの会話で乗り切ろうとするけれどまったく乗り切れていないし、相手の困惑がはっきり伝わってきて、申し訳ない気持ちになってしまう。

わたしのいる業界はひととひととのつながりでもって経済が成り立っている。知り合いと知り合いの間で仕事がまわされたりする。仕事をこなせるだけではだめなんだと思うとつらくなるので気づかないふりをしているけれど、実際はこれではだめなんだろうと思う。

黙々と仕事をしたいな、と最近よく思う。あまり話したり、交流することが求められる仕事は向いてない、というか負荷が高い。

20190301

仕事で小さな山があって、共有するのが終わった瞬間気が抜けてしまった。やらなければいけない仕事をたんたんと済ませて帰ってきた。

包丁を研がないとトマトが切れない。