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雑多な日記

なんとなく

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サイトを作ってしまったので置いておきます。

こっちもときどきまだ更新しますが、向こうの更新メインになっていくと思います。

駆け下りていく

たとえば恋愛。たとえば結婚。たとえば出産。たとえばキャリア。たとえば、たとえば、たとえば、いくつものあるであろうとあらゆるところで耳にする可能性。そういうものを選べるということは、たとえば選ばない、と選択できるということは、それだけで一段上に、みたいな考え方、という考え方でだれかが、いや自分を、しあわせにできるのかといったらできない、とわかれど、いろいろ遠い、と思うし、近づくための努力、とかもすてきだよすてきってわかるけど、わたしは全部の階段を駆け下りて行った先でも、いいよ、って言われたいし言いたくて。階段を駆け下りていく。駆け下りて駆け下りて駆け下りていく。それくらいはっきりと駆け下りて、ああもう自分のなかにも段がない、みたいな、そういう場所を見たいと思う。そしたらもう別の場所へ歩いていくだけだから。段もなにもないゆるやかな線の上をすこしずつからだをずらして。そういうことを考えていると、ふときっとみんなこういう不安の中にいるんだろう、みたいにも思う。わたしだけではなくて。

 

いまはただ降りてゆくことだけを考える。

 

いのちづなをよる

二次創作の存在を知ったのは12歳のときで、ようやく意味がわかるようになったのは19歳のときだった。中学高校で出会った友人たちは版権ものの二次創作をし続けていたし、わたしも隣で見てはいたものの、自分でやることはなかった。単純にできなかったのだと思う。ときどき詩や短い小説、こういう日記のようなものは書いていたけれども。息苦しさばかりあった思春期の、なんとか日々を生き抜くためのことばとして、息抜きのような、それこそ風船に針をさしてまわるような、行為としての詩を書いていた。誰のためでもない、自分のためだけに。

少し元気になって、精神的にも余裕がで始めた頃、版権ものの二次創作をはじめたのだった。そこでやっと受けや攻めの、ようは左右の意味が理解できたのもある。理解が遅いのは昔からだ。

二次創作を始めて、楽しいことばかりだったか、といえばそんなこともないけれど、キャラクターに頼りながら言葉を紡いでいくことは、自分にとっては大切な行為のひとつだった。そこで出会った友人が短歌を作り始めたこともあり、そうか、短歌って自分でも作れるんだ、と思ったのだった。全ては緩くつながっており、いまもそれは変わっていない。

わたしは漫画が好きで、小説はほぼ読まない子どもだった。読むようになったのは大人になってからだ。ずっと挙動不審なただひとりのオタク女子で、男子にはずいぶんいじめられた。学校はどちらかといえばつらかったからいまは大人になれてよかったと繰り返し思ってしまう。

わたしはオタクだ。でもそれだけのことだと思っている。

だからこそ、腐女子はなんでもBLにする、みたいな、そういう揶揄が、とくに同じ女性から出てくるとき、意味のわからないダメージを負うのだった。いっそひどくバカにされる方がマシで、無意識のなにか、なにかにはなかなかどうして勝てないと思う。悪気はないことが大半だから。でもあなたの悪気のない足はしっかりわたしの足を踏んでいて、そのことにはちょっと気づいてくれないかなあと思ったりはする。

女性の解放について語られるとき。そこにわたしはいるだろうか、と思ってしまうとき。ああ結局、入れてほしい、と言ったところで入れてもらえないのかもしれない、とも思うとき。わたしはひとつ自分のなかの糸を手繰り寄せる。わたししかわたしを救えないのだから、と思ってしまう。救いを他人任せにしたことがそもそもの誤りだった、みたいにも。実際には他者に救われることもあるし、あったよな、とも思うけど、少なくとも自分を救う自分の糸は太いほうがいいから、えーんやこらと縒ってみている。雨は降り続けている。

 

 

こえをとりもどす

転職してそろそろまる三カ月。ざわざわと自分も言葉も荒れていくなかで、今日やっとすこしマイペース、みたいな時間の使い方ができた。慣れない環境にいらいらバタバタし続けるのも終わりにできるかなあ。漢方もきちんと再開。すこし飲まなかっただけでどうしてあんなに悲観的なかんじに囚われてしまうのだろう。ホルモンてやつはむつかしい。

昨日文章を書いていて、なんというか、内容でなく文体が息が詰まって死にかけのようになっていて、ああよくないなと思った。日記を再開しては、続かず、再開しては、続かず、を繰り返している。思春期のころからずっと好きで息抜きに書き続けてきたのに、いつからぱったり書けなくなったんだろう。くだらないことでも書き留めておけばあとから読んで自分がおもしろいのにね。

最近は10danceの三巻が出てとても嬉しい。BLたんたんと読み続けているけれど、今年は豊作だったのですすめたい作品がたくさんある。

短歌のほうは未來(結社)の紀野恵さんの欄が気になってはいるけれども、毎月10首も出せる気がしないし、なんだかすこしだけ気後れしてしまう。それでもやってみたほうがいいかなあ。どうなんだろう。

 

原稿はちっとも進まない。1文字も書き進められずにいる。

 

 

活動記録

2017

2017/08/05

『詩客』「砕氷船」のコーナーにエッセイ「アサッテに叶えられたユリイカ、そして」寄稿。

http://blog.goo.ne.jp/sikyakuesstannka/e/9f557291543f6df62223a1f9f4efb0b7

 

2017/02/20
NHK短歌』 2017年3月号「ジセダイタンカ」のコーナーに短歌7首「きみにちいさく話すこと」寄稿。

NHK 短歌 2017年3月号 [雑誌] (NHKテキスト)

2016

2016/11/23 東京文フリ
『アニポエ vol.4』杉中昌樹さん発行の詩誌。
おそ松さん」をテーマにした川柳10句「靴下の作法(銀河系Ver.)」を寄稿。

2016/11/23 東京文フリ
『YAMINABE Vol.1』編集発行。川柳10句「針葉樹林の怪獣」掲載。

2016/05
おそ松短歌アンソロジー『UtaMatsu』に松短歌7首とエッセイを寄稿。

~2015

思い出したら書きます

都市のいきもの

仕事帰りに喫茶店に寄る。お茶をするつもりがついしょっぱいものを食べてしまう。テーブルに出てきたタバスコと粉チーズをまっすぐ並べると奇妙な満足感があり、物を組み合わせて並べる遊びを思い出していた。その場にあるあらゆるボトルをいちいち高さを揃えて規則正しく並べたりだとか。

今日ずっと、何かをジャッジすることについて考えていて、「平和」というひとつの言葉をとってみても個人で見えている世界が異なることに、いちいち驚いてしまう。ただ、もし、いまが「平和ではない/平和である」と言う人がいて、それはどちらも「ほんとう」なのではと思ってしまうから、嗤う気にはなれない。強く反発する気にも。ただ、平和な部分と平和ではない部分が入り混じって社会、というのがわたしにとっては本当のとこだとも思うし、じゃなければ、こんなに気持ちが揺れることもないだろう。
駅に掲げてあった「公衆に寄付を求める行為を禁ずる」といったような文言が繰り返しやってくる。禁止されなければならなかったこととして、切り離された光景。きっと数十年前には「あった」光景で、いまは「見えなくなった」光景で、なぜ禁止されたのかもわたしは知らない光景。こぼされたものを見送り、あるいは追いやる、もしくはそのことにより守られる、わたしのいる場所について。

 

スマートフォンにつなげるキーボードを見に行ったものの、どれがちょうど良いかを決めきれず。買うのは保留。

あやとりとして

後任のひとに引き継ぎをしている。一通り説明してはいるけれど、理解している風があまりないので、ああこれはわからなくってもとりあえず説明して頭の片隅に置いておいてもらうのが良いなと思う。昔いたあのひと、そういえばあんなこといってたな、くらいで思い出してもらえるように、繰り返し繰り返し。

大気が不安定なので気持ちも幾分か不安定だけれども、おもしろいことは随時動いている。

わたしが相手にとって愉快で都合の良い相手とは限らないのは自然なことだし、また逆もしかり、と思うから、ほどほどのところでそれぞれ元気でいましょうね、と思う。理解することをあきらめている、と言われたらそうなのかもしれない。理解できる、なんて違うんじゃないかと思う。わからないって思いながら、わかりたい、知りたい、と少し思う、そのたびに、ほんの少しの時間をともに過ごす、いつか離れたとして、それはそれでいい、と思う。

家に帰ってきて、ご飯を食べながらつい「マツコ会議」を見てしまう。女性社長と、キャバ嬢の回。バイタリティの塊のようなひとたちが次々と出てくる。世界にはわたしが想像するよりもずっとたくさんの、いろんなひとがいるのだなあ。あの番組にも台本はあるのだろうから、きっとほんの少しの、ときにたくさんの嘘もあるのだろうけれど、嘘でも本当でも、存在しているのだと思うと、勝手に元気が出るのだった。

 

 

友人と白いあじさいの話をしながら、あの白いあじさいが持っていたかもしれない色について、考える。