生活🐌の記録

いるようでいない、いないようでいる

1月27日 新宿伊勢丹にて

展示場で益子の若手陶芸家たちの作品を見る。今回はこないだよりもちゃんと器を見られた。どの器もとにもかくにも細かい説明などするも野暮という美しさだが、その先に何を思ってるかは見ただけじゃわからんってことはよくわかった。わたしの色目?も影響してる。まだそわそわするんだよな。緊張して。クラス替えしたばっかりのときと似てる。なんかあんまよくしらない、ここ、みたいなかんじ。
まだ見る、触る、ということだけに集中していて何がどう、という感想を語るまでいきません。まあ語れなくてもいいと思っている。難しいことは。
けど産地の職人さんが作った器は先生や歳の離れたひとってかんじだ。なんというか向こうのキャパが大きいから安心できる(笑)若手の作品はクラスメイト。わいわいがやがやにぎやかで、鈍臭いわたしはまだ誰に話しかけたらいいのかわからない。

そう! あと、距離について昨日ちょろっと書いたけど、でも器は買えるんです。そりゃけして安くはないけど買える値段だってことなんです! デパートに行けば必ずおいてあるし、買える。買えるってことは手元におけるってことで、ずっとそばにいられるってことなんです。それってすごいことだ。