flat

雑多な日記

世界の小さな声を聞け

年末、横になって年越しを待ちながら写真のことを考えていた。言葉と陶芸についての気持ちは去年何度も書いた。いまもその二つに対する気持ちは変わっていない。これから自分がしていきたい生活についての展望もそのままだ。だからそこに写真をどういれていくか。今のやり方では生活から写真がはみでてしまうし、入れれば他がはみでてしまう。それでは続けていけない。やりたいことをやる、でも方々に支障をきたさないというのが2012年に思うこと。やりたいことの前にやらなければならないことはきちんとしたい。

これからどうしていくのか。具体的にこれからどう向き合っていくか。自分の中のどの位置に写真をおくのか。まだいくつかの矛盾が胸の中にある。自分の考えとコスプレ写真はおそらく間逆に位置するもので、続けるということはその矛盾と向き合うことだから、まだ時間はかかりそうだ。いいとかわるいとかすきとかきらいとかそういう話じゃなく。

何のために、ということは繰り返し考える。これは必要なんだろうか、ってことも。写真を撮って何かしらの形にするなら、誰かが楽しんでくれるというのがなければ、とも思う。わたしにとって写真は既に自己表現の手段ではないし、全ては記録だ。だからこそ、もっとわたし自身は黒子になりたい。もっともっと影のようになりたい。

季節の移り変わりが大好きだし、目にうつる世界そのものが美しいと思っているので(都市も森も山も川も海も、全部ごたまぜで大好きだ)、そういうのを好きって気持ちを持ったうえで、いろいろ作りたいなって思う。なにやってても、自分が何を好きなのかを感じながらいきたいと思う。