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雑多な日記

なつかしきひび

Iさんと電話で話していたらなんだか昔がなつかしくなって、Iさんの以前書いていたネットの日記なんぞをちらっと読んでみたら、なんかなつかしいことばかりで、はー10年たつんだなあ、と、そう、あとちょっとで10年だ。さっき電話しながら、今日はめずらしく、わたしあれなんです、お酒ぐいぐい飲んでてちょっとよっぱらってるんです、なんかもう、はやくねなきゃねなきゃと思ってるんですけど、なんつーか頭がとっちらかっていて、っていうこの「とっちらかっていて」、という表現がすごく好きです。いまはなにがいいのかわるいのかとかぜんぜんわかんなくってただただ毎日をこなしているようなかんじで、それでも仕事は相変わらずで、なんかなんだか、なにがどうなってこれからどうなっていくのかってぼんやり酔っぱらいながら考えているんです。考えてもわからない。わからないけど、考えなきゃはじまらない。だから考える。そうやってぐるぐるしている。わたしはIさんが好きです。
だれかがだれかのままでいること、あなたがあなたのままでいること、なにがすきで、なにがきらいで、なにがやりたくて、なにがやりたくなくて、それを自由に口にできること、思えること、なんだかそれを思うとわたしはとってもしあわせなような、むねがあつくなるような、そういうきもちになる。それがわたしとおなじでなくてもいい。むしろちがっているとすごくいい。ちがっていることがちゃんとあること。もちろんおなじだっていいんだけど。なんていうか、あなたがそれをおもっている。だれかがそれをおもっている。ちゃんとちゃんとおもっている。それをかんじられたとき、わたしはとてもしあわせな、とてもとてもしあわせなきもちになるのです。

みらいにむけて。