flat

雑多な日記

過去を忘れる


 8月15日を忘れていました。

 そうか、だからしきりに「靖国参拝」の文字を目にしていたのか。だから某政党が9条についての街頭演説を行っていたのか。それを目にしていたのに気づかなかったという事実に愕然としました。友人の日記を読んで気づき、あ、と思いました。わたしは忘れてしまったのか。その事実を忘れてしまうほどにわたしはそのことから自分を遠ざけてしまったのか。

 

 今いろんなことを考えています。



 9.11後に、戦争について、「"君と好きな人が百年続きますように"、それくらい知らなくていいことだと思った、遠くにあってほしいことだと思った」、という趣旨で一青窈さんがインタビューに答えていたけれども、それは「そうあればどんなによかったか」という過去への後悔のようにも、「これからその世界を作っていきましょう」という未来への希望のようにも見える。そうなったらどんなにいいか。



 今とにかくいえるのは、今のわたしがそう思ってしまうことはあまりにわたしにとっての都合がよすぎる。



 戦争の事実を忘れちゃならないのだ。といってもわたしはその事実という痛みを知らないのだけれど。知らないことであっても、知らないからこそ、忘れちゃならない、歴史の記憶があるはずで、わたしはそれを忘れてしまっていた、それは平和であることを忘れてしまうことにもつながりはしないか。



 どうか、これまでの日々が、これからの日々が途切れませんように。