生活🐌の記録

いるようでいない、いないようでいる

刻みの果て

これは誰も悪くなくて、ただ不幸なだけの話なのだが、しつこく指導されることと、できなかったときの叱責がセットの環境で育ったため、未だに無邪気な指導が苦手である。

その場にいることに耐えられなくて逃げてしまうけれど、素朴な気持ちとして、そういうのをするのもされるのも嫌じゃないなんていいな、と思ってしまった。きっとそういった、他愛のない指導が苦手でないひとは、どんどん伸びていくのだろう。これはわたしの問題であって、誰も悪くはないのだけれど、ちょっと出来るようになっただけでうれしいという気持ちと、そんなの出来るようになってもなんにもならないし無駄でしょという目線が入り混じって、すぐ情緒がぐちゃぐちゃになってしまう。無駄だと誰からも言われてないのに、脳内に棲むあらゆる権威がわたしに無駄でしょと告げてくるので、それと戦うことにいそがしい。なにかしらの亡霊。

過去の環境が影響で、日常の他愛のないことで突然情緒がぐちゃぐちゃになるのだけはいやなことだな思う。苦しいし、勝手に傷つくし、周りにも迷惑かける。呪いは解けるというけれど、親や家族による諸々ってそんな簡単には解決しない。今、誰かを許していないという話ではなくて、もう許してはいるのだけれど、子どものころが戻ってくるわけじゃないから。自分のなかにいる子どもの部分を、どうにか今、楽にしてあげたいなって思うだけなんだけど、そんな簡単じゃないな。

🕊View

www.change.org

国立競技場ボランティア用のお弁当が毎日数千個、賞味期限前なのに、廃棄されているとのことで、それを廃棄ではなく食料を必要としている場所に無駄なく配布するためのキャンペーン。

早急に必要な仕組みだと思ったので賛同したのだけれど、そもそも子どもの貧困や食べることに困っているひとが増えている状況について、根本的な改善に向かうにはどうしたらいいんだろう。

𓆈Read
  • 今日はまだ読んでない。
🖋Log
  • 海外の新聞だけじゃなくて、日本の新聞にもざっと目を通すことにした。いやはや情報であふれておるなあ。
  • duolingo継続中。
  • お昼は家でナポリタン、夜は近所のうどん屋でごぼ天うどんを食べた。
  • 健康診断の結果がきた。確かに良くない箇所もあるのだが、肝機能の値など全体としてはこれまでよりもずっと健康な結果なのでは。しかし数日続いた動悸はいったいなんだったんだろう……。