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雑多な日記

駆け下りていく

たとえば恋愛。たとえば結婚。たとえば出産。たとえばキャリア。たとえば、たとえば、たとえば、いくつものあるであろうとあらゆるところで耳にする可能性。そういうものを選べるということは、たとえば選ばない、と選択できるということは、それだけで一段上に、みたいな考え方、という考え方でだれかが、いや自分を、しあわせにできるのかといったらできない、とわかれど、いろいろ遠い、と思うし、近づくための努力、とかもすてきだよすてきってわかるけど、わたしは全部の階段を駆け下りて行った先でも、いいよ、って言われたいし言いたくて。階段を駆け下りていく。駆け下りて駆け下りて駆け下りていく。それくらいはっきりと駆け下りて、ああもう自分のなかにも段がない、みたいな、そういう場所を見たいと思う。そしたらもう別の場所へ歩いていくだけだから。段もなにもないゆるやかな線の上をすこしずつからだをずらして。そういうことを考えていると、ふときっとみんなこういう不安の中にいるんだろう、みたいにも思う。わたしだけではなくて。

 

いまはただ降りてゆくことだけを考える。