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flat

雑多な日記

きれぎれの

すこしあいだがあいてしまった。思い出しながら書く。


6月6日
相変わらず声がでなかった。声がでないと耳のあたりがとても静かでうるさかったのは自分の声か、と思う。


6月7日
朝から少しずつ声が出る。午後は出張。社会はゆるやかにつながっている、と思うけれど、明らかな断絶はある、とも思う。子どもたちに陶芸を教えながら、みんなのびやかになっていけたらいいのに、なっていきますように、と思う。


6月8日
一日ごろごろして夜から共有結晶のキックオフミーティング。悪について、それから共有結晶のはじまりのコンセプトを再確認できた気もする。今回はもっと自分のこころに聞きながら何かを作れたらいいと思う。自分を言葉で飾りたてないこと。


6月9日
Yたんとごはんをするはずが風邪がまだ治りきっていなかったので延期。


6月10日
お休み。部屋の掃除をする。それから整体にもいく。自転車で少し遠くの図書館まで行ったらへとへとになってしまった。

「青の軌跡」を読む。


6月11日
「短歌という爆弾」を読み始める。
本がまたすこしずつ読めるようになってきた。ここ3年間は、毎日毎日本を読んでいたのがうそみたいに読めなくなっていた。元気なんだな、と思う。


6月12日
午前中お休み。職場のひととあんまりかみ合わずもやもやする。


6月13日
仕事。Yたんとのご飯はまた延期。帰り道に声をどうしても聞きたくなってIさんに電話をする。


6月14日
夜、Iさんに会いに行く。家に着いたらブラックスワンを見ていたのでお酒をいただきつつ一緒に見る。大事な話をしたようにも思うけど8割はどうでもいいおもしろい話をしていた。


6月15日
昼前に目が覚める。太もも痩せの運動をしながらひたすら映画を見た。すごくたのしかったので帰り道、ツイッターでつぶやいたことを引用しておく。

なんだかもうすべてが遠い。絶望でも斜に構えてでもなく、なんかもう遠い。思い出をみて愛しく思うような、そういうかんじで、なんかそういう気持ちについてはなしたら、土俵からおりて役目は終えたという気持ちなのだねと、なんだかそうかもしれない。遠くで吹く風をみてるかんじだ。


唐突に自分が壊れてしまうようなことがもうない。それは良くも悪くも終えたということだ。いやでも良いことかもしれないなあとも思う。穏やかだもの。こんなにも。


嫌いなところがあるっていうのと好きっていう感情はまったく関係ないんだって思う。好きは好きだよね。


今日あっていたのは古い友人だけれどわたしのなかに数人いる手放しで好きなひとのうちのひとりでいやなとこはもちろんあるけどやっぱり好きでほとんど惚れてるようなかんじだけど恋みたいなのともちがっててなんかもうしあわせであるようにっていつも思う。