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雑多な日記

かつては10代

5月19日
左肩が痛くて帰りに整体に寄る。いつもの先生がいなくて、他の先生にやってもらったのだが押されるたびにおかしな声がでるほど痛くてこれは何の痛みなのかとぼんやりした。
「悲しいだけ(藤枝 静男)」を読む。


5月20日
仕事でYさんの家へ写真を撮りに行く。Yさんのおうちには3か月弱の赤ちゃんがいるのだが、そのかわいさたるや。小さくてもきちんと人間なのでちょっとした感動を覚える。なんなんだろう。なんなんだろうこれは。そう思いながら過ごした。ここのところ子どもがほしいなあと思いつつもその現実感のなさ、現実にできなさそうな、途方のないかんじにがっくりと落ちこんでいたのだけれど、実際見てしまうとさらにだめだなあと思う。


5月21日
恋愛結婚ができないなら友情結婚はどうか、と思い、LGBTの友婚活ブログを読んでみたら闇が広がっていた。女性を人間として扱わない、女性のハンデを少しも理解しない男性との結婚は無理だなと思った。恋愛がすべてではないと思うのだけれど、それでも情(友情も含)がすこしもない関係のままでの結婚はむつかしい。たぶん。いいひとがいたら紹介するよ〜と知人からありがたくもメールがきたけれど、結局のところ無理だな、と思った。まったく会いたいと思えないのだった。

わたしは自分をレズビアン寄りのバイセクシュアルだとばかり思っていたんだが、加えてノンセクの傾向もあるのかもしれないなあと最近思う。こういったものはグラデーションだから自分を定義していくことに意味は見いだせないけれど、他人に説明するときにはわかりやすくてよいと思う。わたしがレズビアン寄りのバイセクシュアルです、加えてノンセクシュアルの傾向もあります、と言えば察してもらえるんじゃないか。

幼稚園のころから女の子を普通に好きになったけど、なんていうか、そういうことってわかってもらえないような気がする。かぶれてるだけだ。中2なだけだ。思いこんでいるだけだ、みたいな。ああ、若いときってそういうことあるよね〜みたいな。小学校のときも、中学校のときも、高校のときも、専門学校に入ってからもずっとちゃんと好きなひとか、あるいは付き合っている彼女がいたけれど、そういうのさえ「いつか治って」「男を好きになる」みたいに思われている気がする。「今たまたま女の子が好きなんでしょう?」

絶望みたいなものがぱっくり口をあけている気がしてまた落ち込んでしまったのだけれど周りがいたわってくれたので、なんとなく持ち直す。

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ひとりで考えているとぐるぐるしてしまうので、なるべく日記を書こうと思う。再開。