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雑多な日記

絶対にきてしまう日のこと

なんて書けばいいのか。

土曜日の朝方、父が他界いたしました。この数年、ずっと闘病生活をおくっていましたので、いつでも別れのことは端の端にはあったのですがこんな突然なんて、と驚いてもいます。13日に緊急入院して、14日一日がんばって、それで、というかんじでした。最期に間に合ってよかった、とも思うけれど、でもやっぱりまだよくわからない。

今日無事に葬儀まで終わりました。いまはただ不思議で、悲しかったりさみしかったりもするんだけど、もう痛い思いを父はしないのだなあと思うとうれしいような気もするし、本当に最期の最期までがんばったなあとも思っていて。

なんだかふしぎで。ただただふしぎで。いまはまだそればかりです。

母のそばにできるだけいたいなとも思いますが、やらなければならないこともたくさんあって、自分の気持ちもまったく定かではないなあとぼんやりしています。

でも、葬儀自体は近親者と父の親友たちと、ご近所の昔からお世話になったかたがたとこじんまりとおこなったのですが、みんな父の死を惜しんでくださって、それから見送ってくださって、それは本当にうれしかったです。

一昨日イトーヨーカドーに買出しにいったとき、父がそこに二度とあらわれないのだ、と感じて、それがつらかった。おう、といって父と待ち合わせる、そのことがもう絶対にない、絶対に絶対にもうない。そのことがしんどかったです。父がいないことがまだわたしにとっては非日常で、非日常が日常になっていくこと、していくこと、がまだ受け入れられないというか。

ずっとどこかにいったまま、かえってきてないだけだと思いたいような気もします。父の顔は本当にきれいで、眠っているときのままで、自宅につれてかえってきて、納棺してからもなお、「おう」って起きそうなくらいだったので、なんだか、なんというか。

これからの先の心配事も山積みだから、そういうのもあるのかな。考えなきゃいけないことたくさんあって。かなしいしさみしいけどかなしいにもさみしいにもまだたどり着いていないような、そんなかんじです。

もう少ししたらまたなにか、かけたらと思います。かいておかねば、とも思います。


追記
やっぱり、あれだけがんばったのだから、と思います。ガンは骨にも転移していたので、痛くてつらかったと思う。本当に最期まで、音を上げることもなく、家族に当たることもなく、がんばりやの父でした。亡くなる前日も朦朧としながらも、「がんばる」っていってた。ほとんど話せなかったのに、そこだけははっきりがんばるっていってました。お正月にあったときも「身体を治す」ともいってた。最期の最期まで前向きに生きていたのだなあ。

父は最期まで走りきったのだと思います。

だから、もう、いってらっしゃいってちゃんと送り出さなきゃな。
なんかね、それがとてもとてもむつかしい。
葬儀でも病室でも声はかけられたし、そういう思いにもなった、けれど、なんというか、こうやって書いていると、まだ、むつかしいです。


追記
お悔やみのことば、たくさんのかたからいただきました。きちんとお一人ずつ返信できずにすみません。本当にありがとうございました。