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雑多な日記

バランスだとか婚活だとか

腰にホッカイロをはって過ごしている。おかげで体はぽかぽかとあたたかいが、暖房の効果もありひたすら眠く、きっと冬眠ってこういうものなんでしょう。あったかいっていいものですね。

それはそうと昨日、結婚したい(理由はあとで説明します)、とぼやいてたら友人が

  1. 結婚は打算
  2. 自分がより楽に生きるために相手を選ぶ
  3. お互いの譲れないところを妥協、もしくは気にしないでいられて、且つ一緒にいても苦ではないとよい
  4. できれば楽しい人

だったらうまくいくのでは。もちろんお金や子どもの問題はあるが。

とアドバイスをしてくれ、じわじわ考えています。

恋愛の延長上に結婚があるのではないんだな、と思って、恋愛をしたいのではなく結婚というか、結婚にもこだわってないんだ、つまり今後の人生を考えたとき、わたしの力ではどうにもひとりでやっていくのはむつかしいのでは、といま思っていて(いずれひとりで死ぬ、という問題はひとまず横においておいて)、かつ、信頼できる友人にわたしの今と未来を、相手の今と未来を、というのもむつかしいだろうと、それがいまの現実だろう、とも思っていて。

体をこわしたことで、がんばるんだ! ってやってきた気持ちが、ぽきっと折れてしまって、それは結婚したから、パートナーを見つけたから解決するのか? というとそんなこともないのだろうけれど、「パートナー」というものを見つけたくなったのでした。

それは運命の相手、みたいなことではないと思う。恋愛をしたい、というのとも少し違う気もする。お互いに何かを半分こずつにできたならよいのだけれど、それがわたしにできるのか? みたいなのもあるし、いろいろと見極めていく目というものも必要なのだろう。

それで今日これとはまた別のことでぼやいてたらみこまさんが

帰るおうちができると、安心してもっと遠くまで行ってこられるようになるのよ!!

って言うからまたエウレーカして。

昨日の友人に至っては

フリーの友達と結婚しちゃいなよ

とも言っていて、けっこう自由だね!? みんな!?

恋愛→結婚、みたいな流れが別に絶対ではなく、ウェディングというパッケージのなかで「恋愛」を前提にお祝いをされたりもするのだけれど、恋愛というフィールドを通らなくてもそこには到達できるんじゃないか、という希望がある。「恋愛」があると相手の何かを「許容」しやすいっていうのはあるのかもしれない。でもそれって恋愛のみじゃなくてもいいはずだし、人と人が近づいていく方法はきっともっとたくさんあるだろうと、そういう希望を抱いていたりもする。おめでたいだろうか。

パートナーの前提に「恋愛」があるひとがとてもとても多い気もして、というのもわたし自身が、そういう先入観すっごくある。あった。みんなどうなのかな。恋愛でなく、そのひとつの方法でなく、ひととつながる方法をわたしは選べるんだろうか。人とつながるときの見本が、恋愛か友情か、の二択(私的なフィールドにおいて)、みたいなところがあって、自爆もよくしてきたんだけれど、実は他にもある、と思えば、ある、ような気がするんだけど、どうなんだろう。まだわからない。

でもそんなわけで、そういう方向性でパートナー探しをしようかとまじめに、ちょっとまじめに思っている次第です。しかし、この決意がどこまで続くのか……こないだ引いたおみくじの「縁談」のところ「心かわらねば叶うでしょう」で、わたしはそのへんちょっと自信ない。