201302
未だおとを結ばぬ場所の静けさに満ち満ちているうつわを鎬ぐ
途切れない水平線のようでした瞼の黒に滲むひかりは
(Iくんの葬儀を思い出していた)
空は海、みかんは珊瑚。山路をおわかれのため歩む冬の日春近く山里笑うときのよう まあるいものをもらってかえる
きみどりの風が吹いてる原っぱでバンドエイドをはる準備中
201303
名づければこわれてしまうものたちとくっついている三月のひと
詩たちはいつかの海を夢にみて川のほとりにならんでいます
透明な春風になって眠ってるクマの子どもを起こすお仕事
宵越しの酒に浮かぶは音だけのあいうえおとかお水ください
伸びゆくは猫だけでない あけぼのの靄、バンドネオンの音、そして
授かりし身体のどこかに沼があり足踏みこめばいっそ戻らぬ
その線を越えなくていいほどほどに歩めよと説く病床の父
あなたとのたったひとつの約束のため卵をコココココ 茹でる
いまをもし捉まえたければ風呂の湯をゆくりゆくりかけるほかない
戦後後という平穏に戦前という名をつけて見ゆる恐怖よ
中東のテロのニュースののちに見る女優の肌の美しきこと
201304
細胞が父の気配を吸い込んで死の描かれたうたに沈みぬ
この宇宙の誰かと話すはじめてのときぼくたちはどの音を連れて
201305
おそるらく抱けるくらいの抜け殻を環状線に残していくね
丘に立ち満ち満ちてゆく月を見るいつしかここも海になるのね
今日もまたラジオ体操ぼくたちはちからいっぱい手を振り上げる
発電をしつづけるから自転車は縮んだ夜をふっとばしてく
歌集から小鳥のうたが聞こえるの金糸雀かしらそれとも雲雀
やさしさの足止めをみる霧雨にきみがそんなんいいんだと言う
201306
行間に棲まう元素を撫でている気まぐれに噛む気まぐれに鳴く
朝がきて分裂しますわたくしの昨日が部屋にぼうやりといる
霧雨を走りゆく少年の手に傘を手渡す姉というひと
やさしさに押されて坂を転がってゆく球体に角をつけたい
好きですと告げるでもなくわたくしは小鳥の羽をむしってしまう
進撃短歌
はつこいはさらわれてゆく彼のひとの腕に殺がれる洞のうちがわ
201307
なついろの魚の群れが並走す中央線でことばをさがす
借りもののからだをかえす線上に背負われていたころのわたくし
201308
進撃短歌
一本のいかりを天に引き上げよはなたれるにんげんという舟せんせいがほろびのうたをうたうのでほころびにぼくらは掌をあてる
夜のうちに立つ鉄骨のキリンたちぽつりその目に火を燈しおり
太陽によって切り替えられてゆくサウンドトラック 夏が終わるね
201309
ぼくたちはおんなじ星を覗きこみしきりに固有のことばをさがす
一日をそんなにちぎってしまったらたましいまでもちぎれてしまう
くるぶしを洗うあなたを待ちながらピーターパンの影を縫う夜
とくべつと名前のついた王冠をあげる静かに眠りたいから
しらじらとせかいは拡散されていてなのに見えない雨が降ってる
201310
まるまって再生をするかたつむりてのひらのなかほの明るくて
さよならを言い忘れたと水底のたたずむ町に落ちるあかぼし
えいえんに触れられはせぬ場所で燃ゆ炎のようだたぶん怒りは
ことばなき地平でぼくは土たちのささやくような呼吸に触れる
とりどりのクレパスクレヨンはねている夢をみましょう夜はパレード
東京はやさしいところわたしにも誰かの顔をかぶせてくれる
201311
はしっこに恐れも乗せてぼくたちはことばの海へ漕ぎだしてゆく
箱庭はしとしと満ちるかみさまの気まぐれな如雨露は傾いて
だんだんにひとのことばのりんかくをたもてなくなるまひるのおわり
走る魚
掬われてゆくものがある少しまえのぼくが忘れた春の陽だまり
ただしさという名をもらう美しきひとの祭にぽつねんといて
放られたうつわは満ちてひたひたと息をとめれば魚でも死ぬ
ゴルゴダの丘の在り処も知らないでぼくは誰かをおくりつづける
おとなたちが溺れないよう水槽の水はときどき抜くことにする
対岸の光は鈍くのばされて朝だ小鳥が鳴くふたたびの
201312
箱庭と呼ぶほかなくて万物のひかり塗れる叙情を仕舞う
2013年12月7日 戦後後が戦前になっていた朝
熱帯魚みんなみな水槽に浮く笑みの交差をゆく池袋その籠は影ぼくたちをとらまえるものではないよ怖れずに飛ぶ
悲しみをロケットにして打ち上げる遊びはやめる絶え間なき星