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雑多な日記

うそつきの

 日記に書くことがないと中の人が言うので嘘の日記を書くことにした。といっても僕にもとくに書くことがないのだが。書くことがない、ということを書くという構造に眩暈がする。どこまでが本当でどこまでが嘘なのか、そもそも書いた瞬間に物語になってしまうこの世界でぼくらはどれだけ本当のことを書けるんだろう。本当のことにどれだけの価値があるのか。いや、そもそも、嘘も本当も意味をなしていないのか。うそのような本当も、本当のようなうそも、一体どこにつながっていくのか。わからない。わからないけれど書こうと思う。飽きるまで。書くことがなくなるまで――ということさえ、センチメンタル過ぎて、やっぱり眩暈がする。

――薄紙を重ねるようにして体の奥に疲れはたまっていくが、いまのところ日々の生活にはなんの乱れもない。いつもと同じ時間に出勤。うそばかりだなと思いつつぼくは微笑む。


おはようと声かけたなら少年の水底の片目に透かされる

仕事。