生活🐌の記録

いるようでいない、いないようでいる

たのしいことしか

仕事のあと工房に行くも、窯をたいていてサウナ状態だったのでなにもできず。なんとなくもやもや。

屍者の帝国を買ってちびちび読み始める。プロローグを読み終わったところで伊藤計劃さんがもういないことを考えた。神林長平さんの「いま集合的無意識を、」という短編小説で伊藤さんと「ハーモニー」のことが語られているのだけれど、わたしの脳内ではあの小説のようにまだ伊藤さんがどこかに存在しているような(それがただの妄想やプログラムや夢であっても)、そんな感覚でいる。一読者がなにいってんだというかんじだが。ブログの更新がぴたりととまったままで、別れのことばもなかったからか。どこかバーチャルで、へんに距離がなくて、インターネットってやつぁ、と思う。現実感が薄い。画面の向こうにはひとがいる(た)はずなのに。

自分の将来のイメージがまったくわかなくなっていて困っている。どこにむかえばいいのかわからない。