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雑多な日記

1月6日

仕事。
いまの仕事は運に頼って流れ着いたものだけれどやり続けるなかで気付くこともある。はじまりの感情だけがもののすべてじゃないのだ。今が何になるか、それはそのときになってみないとわからない、からこそ継続は力なりなのだなあ。
いまはぽっかり穴のあいた時間。自分のなかで宙に浮いていた選択肢が消え、現実的な目標に向かうための日々が淡々と過ぎる。それをこなして三日、すでにかたちのある目標を達成しようとするだけではつまらなくなっている。かたちのない遊びの部分もほしい。わたしは欲張りなのだなあと思う。
作ることだけが仕事じゃない。こなすだけが毎日でもない。かたちのみえる目標に邁進することだけに意味があるわけでもない。わたしが迷うのは、考えるのは、自分から何かを抱えようとするのは、全部毎日を楽しくすごすためなのだと気付いた。空気の色に身をとかすのが静の楽しみなら、壁を乗り越えたり壊したりするのはを動の楽しみ。その緩急が楽しい。乗り越えられないものを前にしてさてどうするかと考え行うことはわたしにとって遊びでもあるのだ。たぶん。