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雑多な日記

真綿のなか、カタツムリ

ぼんやり、なにかしたい、という思いがある。文章を書くこと以外に。写真もときどき撮るけど、写真も文章も同じで、何が重要かといえば、「何」を「どう」、撮るか、書くか、で、わたしにはそもそも誰かに強く伝えたい「何か」というものがない。境界線というひとつのテーマは持っているけれど、それはあくまでもわたしが日常の中で感じている違和感のようなものだから、それを書くことはわたしのためでしかない。写真も同じ。「作る」=「コミュニケーション」にはしたくないというか、そういうものじゃなくてもっと手に触れられる何か、食べられる何かでもいい、自分をわかってもらうためのものじゃなくて、誰かに喜んでもらえるような、かたちのあるもの。人が生きていくことに、近い、何か。