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雑多な日記

手紙(もー書き直したり書き直したりだ)

 母から手紙。中は新聞の切り抜き。ドストエフスキーとの旅、という日経新聞で毎週日曜に連載されているもので、10月11日分の罪と罰について書かれたものだった。

 記事の中に川上未映子の「ヘヴン」について触れている箇所があり、こないだ母には「ヘヴン」を読んで感じた「価値観(ものさし、あるいは善悪の判断)の崩壊」について長々と聞いてもらったので、たぶんそれで。ありがとう。

 ドストエフスキー罪と罰は、正直なところ、ラスコーリニコフを「ぶっ壊れてる」と思ったことしか覚えていない。結末は彼にとっての救いがあったように感じたけど、わたしは彼を「向こう側」へ行ってしまった人とすることで、彼とは違う、という安心感を得たかったんじゃないか。実際、安心した。
 
 ヘヴンにおいてもそう。この小説を、わたしは現実だと思ったのね。百瀬の考えを現実に重ねて、恐ろしいと思うことで、自分は百瀬とは違うという安心を得た。でも本当にそうなんだろうか。

 以下、百瀬と僕の会話引用。


「権利があるから、人ってなにかするわけじゃないだろ。したいからするんだよ。
 (中略)
 意味なんてなにもないよ。みんなただ、したいことをやってるだけなんじゃないの、たぶん。
 まず彼らに欲求がある。その欲求が生まれた時点では良いも悪いもない。その欲求を満たすだけの状況がたまたまあった。君をふくめてね。それで、やりたいと思って、できるからやる。理由なんてない。それで彼らは、その欲求を満たすために、気ままにそれを遂行してるってだけの話だよ。
 君だってさ、やりたいことってなにかあるだろう? で、できることならそれをやってるだろう? 基本的に働いてる原理としては大体同じだよ。」
「違う」と僕は反射的に言った。
 (中略)
「そんなのは、・・・・・・君が都合よく解釈してるだけだ。たとえば、・・・・・・行きたいところに一人で出かけることと、殴りたいからって人に暴力をふるうこととは違うじゃないか」
「もちろんかたちとしては違うよ。でも原理的には同じだよ。何が違う?」
 (中略)
「・・・・・・君がもし僕の立場だったら、いま君が僕に言ったことを言われて、それで納得できるのか」
「僕は君に納得してくれなんて言ってないじゃないか」と百瀬はうんざりした声で言った。
 (中略)
「なあ、世界はさ、なんて言うかな、ひとつじゃないんだよ。みんながおなじように理解できるような、そんな都合のいいひとつの世界なんて、どこにもないんだよ。(中略)僕たちの側で起こっていることと、君の側で起こっていることは一見つながっているように見えるけど、まったく関係のないことでもあるんだってことだよ。(中略)
 君が受けている眠れないくらいの苛めは、(中略)僕にとっては苛めですらないんだよ」

 これは、在る、と思ったの。こういう考え方をする人がいる、というわけではなくて、こういう原理で「いじめている」人はいるし、「いじめられている」人もいる。たぶん。

 いじめる側、いじめられる側というのは裏表になってしまっているんじゃないか。
 ひとむかし前は「いじめる側」にも「いじめられる側」にも理由があった。多少の理不尽はあれど。でももう、そんなもんないように思う。気に食わないということさえない場合もあるかもしれない。今日いじめている人が明日のいじめられている人かもしれない。

 「何がそうさせるんだ」、ていうのが疑問。
 理由なんてないのか? でも理由なんてないの、奥にある、理由がなく、何の歯止めもなく、実行してしまうことの何故。何故もなにもそれさえないといわれたら途方にくれる。やってしまってからの罪悪じゃ遅い。

 親が子供を虐待して殺してしまった、というニュースを目にしたときもそう。
 そのニュースに「また」という感覚を持つことがある。それくらい頻繁にニュースで目にする。

 それでかわいそうにと思うか、ひどいと思うか、許せないと思うか、ただのニュースとして流れていくか、同じことになったらどうしようという恐怖にとらわれるか、感じることは人それぞれ違うんだろうけど、その「また」に隠れてるものって何だ?

 なんでこんなにも頻繁に「また」が起こるのか。いろんな、違った場所で。
 理由なく起こるんだろうか。そんなはずはない(と思いたい)。

 「殺してしまった」という罪の部分と、「理由」や「原因」や「問題」の部分を分けて考えなきゃいけない。

 でも理由がなかったらどうしよう。原因がなかったらどうしよう。問題が無かったらどうしよう。
 それがとても怖い。

 どんなに罪を償ったって、失われた命は、その子の未来の時間は戻ってこない。

 問題の根本は何なんだろう。なんなんだろう。 

 百瀬の言葉は恐怖だ。都合の良い世界なんてないよ。ないけど。
「でも」と思うところに、希望があると思うし、思いたい。

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 星野さんの「旅する木」を読み終わりました。
 いつもながら電車の中で涙ぐんでしまった・・・すみません。
 大事な1冊が増えました。


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 そういえば今日、今の社会の枠組みが人の多様性に耐えられていない、と思ったんだった。枠組みに入れなかった人やものはどこへいくのか。受け皿の必要性と、受け皿が社会性を失わないために必要なことは何か。メモ。

 こういうのってどうすれば考えの手助けになる偏りの無い知識を得ることができるんだろ。問題の裏と表を冷静に見るために必要な知識。

 上に書いたことにも絶対的な答えなんてないってわかってるんだ。
 でも、とにかくやらなわからん、と見切り発車ではじめてしまったことの中に、もっと具体的な突破口を見つけたい。一つでいい。一つでも見つかれば、そこから広げていける。